あとがき
このエッセイを書き始めたのが今年(二〇ニ五年)の一月半ばだった。その頃の自分はパソコンを買う為にラシクラボで働き、順調にお金を稼ぎ、ほぼ半分まで稼いでいた。
しかし、去年のあの時、人生に絶望して自ら死のうとした時に、「死んだら僕みたいになる」と、自分に声を掛けて助けたナベさん(渡辺裕之)との出会いを忘れない様にと、自分の生きてる証としてかつ彼の供養としてこれを書く事にした。
最初は順調に書き進めたエッセイだったが、パチンコ依存症のぶり返し、度重なる体調不良に襲われて、徐々に更新が遅れた。特にパチンコに関しては再び勝ち負けを繰り返し、以前行っていたキクヤ堺本店である日ボロ負けして、駐輪場で暴れただけじゃなく、電話で抗議した挙句、自分から出禁にしてと言ったら、本当に出禁になった。しかも他のキクヤでも同じ事をやりかねないとして、全国のキクヤを出禁になった。最初は悔しさと憤りを感じていたが、次第に自分の愚かさが招いた事に気づき、後日堺本店には謝罪文を出している。
最寄りのパチンコ店を失くし、自転車の距離的に最寄りで行ける場所は、今年リニューアルオープンしたスーパーコスモプレミアム堺店のみとなり、自分はこの店を大事にしたいと思い、今年七月に来店回数等を制限できる自己申告プログラムを申し込んだ。この店には最大三回までしか行けない様にし、今はその他のパチンコ店と併用しながら過ごしている。
ラシクラボでの日々は楽しく、マイペースで作業出来る為、曲作りやイラストを磨いたりして、出来上がったイラストをSNSに載せたりした。体調不良で休む事もあったが、順調にパソコン代を稼ぎ、欲しかったパソコンの金額に到達し、九月十日(二〇ニ五年)の今日、新しいペンタブと共に購入し目標を達成した。
長かった日々も終わり、一段落した事もあって、安堵して今を過ごしている。今後は新しいパソコンでクリスタや初音ミク等のボカロといったソフトを買いたいと思っている。
ナベさんとの日々は今年になっても続いた。気持ちが落ち着かなかった時は「ゆっくりでいいよ」と声を掛けて、慰めてくれた。ただ、五月三日の命日には気配を感じなかった。きっと日出子さんの元に還ってるに違いないと思った。その日が過ぎて翌日には、再び気配を感じた。あ、戻って来たんだと思った。
しかしある日、自分のパチンコ癖や生活態度を見て、ナベさんは自分を心配して、自身の思念からある物体を生み出していた。それはかの"冴島大河"に似た、渋味のある顔立ちの思念で出来た存在。しかも意外としつこく、大河は「またパチンコに行ったら凹むぞ」とか、「無理せず休め」と心配して話してくる(笑)。二人のナベさんに囲まれ、不思議な日々を過ごしているが、その日々ももう少しで終わる。何故ならナベさんはあの世の旅の途中だった。あの時は旅の最中に死のうとした自分を見かけ、思わず声を掛けたという―――魂にも心配かけてしまった自分。ナベさんのあの世の旅を妨げてしまい、今は申し訳ない気持ちであるが、ナベさんは「君が穏やかに過ごせたら、僕は大丈夫」と話し、「九月が終われば、僕はまたあの世の旅に出るけど、君と過ごした日々を忘れないよ」―――その言葉に自分は改めて感謝した。ただ、思念の大河は今後も自分を守る為に残るという。今後はこの口うるさい大河とにぎやかな日々を過ごすと思うと、自分もしっかりしなきゃいけないと思っている。
思えば様々な日々を過ごした一年半だった。この一年半は自分にとって人生の分岐点となったと過言ではない。
一生忘れない日々になったのは言うまでもない。
2025.9/11.ROBIN