"もう一つ"のはじめに
去年(二〇二五年)九月十一日、このエッセイは幕を閉じました。
―――ですが、それからもナベさん(渡辺裕之)との"魂の交流"は続いていました。冴島大河(に瓜二つな姿をした幻影)という彼の思念と共に、奇妙な同棲生活が続いていた。
去年以降、自分の生活も変わりました。区分は下がったものの、長年通っていた作業所であるアトリエhanaは合併による閉鎖となり、マイホールだったキクヤ堺本店でパチンコに負けてゴミ箱に八つ当たりし、店員に注意されても怒りが収まらず、電話で抗議した挙句、キクヤ全店を出禁にされ、様々なホールを転々とする日々になり、ニコ動のサイバー攻撃と自身のパソコンの買い替えという憂き目で、ニコ動等で展開していたボカロ曲シリーズの天使シリーズが停滞する事態に。
日常も変わった。パソコンを買う為に通い始めた新たな作業所のラシクラボで、今度は好きな映画のBlu-rayや将来の為に家電を買う為の資金になり、おかげで貯金はいつもカツカツだった。
それでも通うのは楽しく、特にイラストを描くのが楽しかった。自宅でもイラストを描ける様にと、新しいパソコンと共に新しいペンタブレットも買った。ついでにclipstudioも買った。
新しい歌声も迎えた。synthvの琴葉姉妹を迎えた。
それでもパチンコに通う日々は続いていた。勝って負けての繰り返し、お金あるなし関係なく行っていた。
こんな生活を未だに続いている自分がいた。
ある日、パチンコでかなり負けてしまった。本当に死にたいと思った。時間を戻したいと思った。タイムリープ出来れば何とかなるのにと、ふと、おいで、おいでと誰かの声が聞こえて眠りについた―――。
気が付くと自分は渡辺裕之さんになっていて、死ぬ一歩手前。何とか首に巻いていた紐を解いて事無きを得た。日付は二〇二二年五月三日。彼の命日になった日に、自分はナベさんとして生き延びたのだ。あまりの事態に驚いた。でも、彼としてやり直せると思い、今度こそ自分らしく生きようと誓ったが、それが地獄の始まりだった―――。
世界情勢が悪化し戦争間近になり、彼の家族にも不幸が起こり、愕然となった自分は再び死のうとして、ナベさんの意識と分離した。人生を壊して申し訳ありませんでしたと、自分は泣いて謝った。ナベさんは慰める様に抱きしめて「君は悪くない」と許してくれた。すると、二人の目の前に映された光景―――世界は平和が続き、彼の家族も無事であった。それこそ自分が生きて見てきた世界の姿だった。それを見たナベさんは「僕は死ぬ運命だったんだ。あの時、幸せよおいで、おいでと言ってたのを君が聞いたから、僕の中に入ったんだね。それで君は僕として生きようとしたけど間違いだった―――君は今映っている君自身の本来の世界に帰りなさい。僕はこれでも精一杯生きたから悔いはないよ。僕は家族が無事ならそれだけでうれしい」と、自分を本来の自分が生きてる世界に戻して、光に包まれた―――。
―――そこで目が覚めた。三十分にも満たない夢だった。自分は早速スマホを開いてニュースを見たが、何も起きていなかった事に安堵した。あの時の夢はナベさんが、過去に戻っても、取り戻せる物は一つもない。ましてや不幸が増えるだけだと伝えた物だった。
それ以来、過去に戻りたいと思う度にその夢を思い出す。過去を変える事の恐ろしさを知った自分は、その事を仕舞い込んでたらいけない、伝えなければと思い、再びこのエッセイを書く事にした。
また自分の記憶を遡(さかのぼ)る事になるが、どうか温かい目でこのエッセイを再び見てもらいたい。