ニコ動、復活
八月になってからも仕事も生活も順調だった。そんな時、吉報ともいえる出来事が起きる。
八月初めに、自分の動画制作のホームであったニコニコ動画が復旧したのだ。
サイバー攻撃を受けた六月八日から丸二か月、サーバーの再構成が完了し、動画サイトが復旧した。アニメ配信など一部のサイトはまだ不完全だったものの、動画全体が再び見られる様になったのだ。もちろん、投稿も可能である。
悲しい事にこのサイバー攻撃が原因でこの年のボカコレは中止になった。しかし、ニコ動の復活をみんなで祝おうと代替イベントが行われた。それが、ぼかえりニ〇二四夏である。
ニコ動で再びボカロ曲が聞ける喜びを祝うという名目で、ボカロ曲なら例えyoutubeで投稿された曲でもOKという、多くの人が自由に参加できるイベントだった。
自分は既に「渡辺裕之が死んじゃった」をニコ動の復活と共に投稿していた。そこで、ぼかえりでは新曲で参加しようと思い、ボカコレに出すはずだった曲をぼかえりで公開する事にした。既に曲の大半は出来ていたので(ついでに言うがラシクラボに通い始めた時、船津さんにドラムの幅を広げればいいと言われたのでドラム部分は作り直したが)、歌詞とボーカルを付けるだけだった。
ナベさん(渡辺裕之)に助けられてから、穏やかな日々を過ごせる様になった自分は、そんなナベさんに感謝をつづる歌を送りたいと考えた。ナベさんが世を去ったのはコロナ禍。その頃は自分も何時になったら収まるのだろうと不安だった。それはナベさんも同じだった。しかし、ナベさんは耐えられなかった。でも、自分は耐えた。そんな自分を見て、きっと、ナベさんはこれからも生きてほしいと願っているに違いない―――そんな思いで歌詞を考え、曲にボーカルを付けた。
それが、「生きる大切さをナベさんが教えてくれた」である。
"あのコロナを憎んだ気持ちを分かち合いたい。乗り越えた者と乗り越えられなかった者の尊い叫び"
"今でも画面の中に映る、渡辺裕之(ナベさん)の笑顔を見る度にずっと思うんだ、自分はこの今を生きている"
"生きる事で彼が救われるなら―――"
普段は希望を信じない自分には考えられない歌詞だ。生きる希望を忘れないでほしいとも言える様な歌詞を始めて考えた瞬間だった。
これを書いてる自分は改めて、この歌に込めた歌詞の思いを考えてみた。
あの時は生きる事が何より嬉しく思っていた。ナベさん(の魂)に出会ってから、生きる大切さを考える様になったのである。
人生は一度きり、その一度きりをいかに生きるかを考える様になった。
あの頃は本当に落ち着いていた。あの頃までは―――。